研究組織

概 要

本研究課題は、平成6-8年度科学研究費補助金・国際学術研究「パルテノン神殿の造営目的に関する美術史的実地調査」(研究代表 水田徹)および平成17-19年度科研費基盤研究(A)「パルテノン神殿の造営目的に関する美術史的研究―アジアの視座から見たギリシア美術」(研究代表 長田年弘)の研究を継承する。二つの共同研究については、それぞれの研究報告書(図書およびpdf)を参照。

(1)古典期アテナイ美術におけるオリエント文化受容について解明し、閉塞的な研究状況に対して新しい問題提起を行う。

(2)前回の課題において調査することができなかった、平成21年開館の、新アクロポリス美術館の彫刻群を重点的な対象とし撮影と調査を行う。

学術的背景

(1) 従来の学説 パルテノン神殿の装飾プログラムは、今日一般に、前5世紀前半に戦われたペルシアに対する民族戦争を暗示するものとして解釈されている。神殿はペルシアに対するギリシア世界の勝利を象徴するモニュメントと見なされ、Castriota (1992) を初め、J.M. Hurwit (2004), J. Neils et al. (2005)等の近年の研究にも見られるように、自由と民主主義を標榜するアテナイによって、ギリシア世界に政治的メッセージが伝えられたとされる。たとえば、東西南北メトプの戦いの図像は全て、ペルシア戦争におけるギリシア人の勝利を暗示していたという。すなわち、蛮族に対する勝利を比喩的に表すために、巨人族、アマゾン族、トロヤ人、ケンタウロス族という「他者」像を表象する神話が積極的に利用されたと解読する。

(2) 批判と問題点 しかし、このような一般的な見解は、アテナイ市民の脳裏に、ギリシアの民主主義に対するペルシアの専制政治という二項対立が想定されていたことを前提としている。すなわち、アジア臣民の隷属に対する、ヘラスの民の平等主義という民族的アイデンティティが市民の間に共有されていたと考える。しかし、この単純な二項対立に対しては、すでにA. Stewart (1995), J.M. Barringer (2008)等によって批判が開始されている。とりわけ、M.C. Miller (1997)の研究は、アテナイにおける異民族観が、現実にははるかに複雑な様相を呈していたことを明らかにした。たとえば、アテナイの上中層階級は、社会的地位を示すために東方の工芸品を積極的に利用しており、M. Mitchell (2007)も指摘するように、アテナイ市民エリート層は、むしろ富裕なペルシア上層階級に自己を同化させる傾向が見られる。

(3) パラダイムの組み換え アテナイ芸術における、オリエント美術の影響のプロセス(モティーフ、物語手法、異民族図像)を組織的に、きめ細かに検証することは、パルテノン彫刻研究に新しい視野をもたらすと思われる。元来、欧米を中心に形成された歴史像においては、古代ギリシアとオリエント文明の差異が必要以上に強調される傾向がある。代表者と分担者・協力者(篠塚、師尾、櫻井、田中、中村るい)は、美術史学と歴史学の異なる領域において、このような問題意識を強く共有し、東方美術を背景幕としパルテノン神殿建立の経緯を再考察することによって、研究領域を拡張しうると考える。先述のM.C. Miller(シドニー大学, 前回調査の際の研究協力者)の他、W. Wohlmayr(ザルツブルグ大学)を協力者として迎え、研究状況に対して新しい問題提起を行う。

問題の設定

(1) モティーフ 古典期ギリシアにおけるペルシア文化受容の問題は、D. Castriota(2000)の他、とりわけM.C. Miller (1997) において詳しく論じられている。たとえば、ペルシア大王の専制を強調するパラソルと扇のモティーフは、パルテノン・フリーズにおいて初めてギリシア美術に登場し、アテナイ中上層階級のステータスを明示するようになる。アテナイにおけるペルシア文化受容に照明を与え、パルテノン装飾の個々のモティーフを再検証することで、二項対立という枠組みに新しい問題提起をする。

(2) 物語手法 パルテノン神殿の、とりわけ東西南北面のメトプ浮彫は、対ペルシア民族戦争の直接の暗喩と解釈されてきたが、神話物語の表現手法について再検討する。L. Mitchell 2007も指摘するように、古代ギリシア美術はオリエント美術を発想源にし、表現手法をいわば換骨奪胎して取り入れている。パルテノン装飾を、古代世界における孤立した作例と見なさずに、オリエント世界との文化的交渉を背景に解釈する。

(3) 異民族図像 美術作品を社会的コンテクストにおいて考察する際に、発注者から鑑賞者に向けて発せられる「メッセージ Botchaft」という概念に換えて、近年、社会規範や価値観を含む統合的な情報として、より包括的な「コミュニケーション・システムKommunikations- system」という概念が定着しつつある(T. Hölscher 2000, W. Wohlmayr 2007)。古代ギリシア・ローマの民族戦争の主題に関して研究を進めるW. Wohlmayrを研究協力者とし、前5世紀の異民族図像について分析を進める。自民族のアイデンティティを確立し、一方で、異民族の特徴を定型化する際に、美術作品が社会的メディアとして果たした役割を明らかにする。

パナテナイア祭礼行列図の立体モデル制作フリーズ浮彫の行列図は、古代ペルシア、ペルセポリス王宮の奉献行列図等との類似が著しいことで知られる。行列図における空間表現を解明する。祭礼行列の復元は、すでに、共に研究協力者であるJ. NeilsとI. Jenkins の著作において一部が試行されているが、本計画は、美術史学と歴史学、CGデザイン、美術解剖学、彫塑制作の専門家の携わる総合的研究ととする。東京藝術大学美術解剖学研究室において前回課題時(平成21年)に制作を開始しており、学会等で中間報告を行った。産業用クレイを用いて東面フリーズ主場面に関して三次元モデル制作を完了する。

2008年1月 M.C. Miller教授(シドニー大学考古学部)による講演(筑波大学芸術学系 国際シンポジウム)

2008年7月 大英博物館における共同調査

2009年1月 フィラデルフィアにおける全米考古学会ポスター発表

2009年3月 A. Shapiro教授(The Johns Hopkins大学)による講演(筑波大学芸術学系 国際シンポジウム)

2009年9月 第2回ロンドン・セミナー I. Jenkins博士と共に(大英博物館 Dep. of Scientific Research)

研究計画

(1) 大英博物館の他、とりわけ、前回に調査することのできなかった、平成21年開館の新アクロポリス美術館においてパルテノン彫刻の撮影と調査を行う。

(2) 研究例会を開催し、オリエント美術を背景とする前5世紀アテナイ芸術の再検証 を試みる。

(3) ペルシア美術との関連が顕著な、パナテナイア祭礼行列浮彫の立体モデルを完成 させ成果発表を行う。

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